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AMAZON PRIME ORIGINAL『ALL or NOTHING: Arsenal』

All or Nothing: Arsenal | Official Full Trailer 🎬 - YouTube 昨シーズン、2021-22シーズンにおいて、最もプレミアリーグを楽しませてくれたチームとしてまず挙げられるのが、40歳という若き壮年監督、ミケル・アルテタ率いるアーセナルだろう。彼にとっては3シーズン目となる重要な年であった。1億4500万ポンド(約235億円)を投じる大型補強をも敢行し、サカ、スミスロウなどといった若き才能との融合をはかりながら、昨季の雪辱を果たすことを目指していた。アーセナルというチームは偉大でなければならない。ヴェンゲル政権時にはプレミアリーグ無敗優勝を成し遂げるなど、チャンピオンであり、無敵であった。しかし、いまはチャンピオンズリーグにも出られない、ヨーロッパリーグにも出られない。そんな情けなく没落したチームを応援するサポーターのためにクラブは応えなければならない。

ロンドン北部、イズリントン区の上空から大勢の人々が何かを目指し歩いている様子が撮らえられる。そして、スリーカット目、煌びやかに街を照らすエミレーツスタジアムのショットが映し出され、「熱き思いで突き進む。それが情熱だ。君たちの情熱と決意の程を観客に見せてくれ。前に出て攻め込むんだ。勝つと信じてプレーしろ」とアルテタが赤き情熱のユニフォームに袖を通した選手たちを鼓舞する。胸のエンブレムには王室兵器工場のチームとしてのルーツを持つ大砲が、シンボルとなって描かれている。選手たちは叫び、ロッカールームを飛び出していく。AMAZON PRIME ORIGINALの人気シリーズである『ALL or NOTHING』、そのアーセナル編が公開された。

〈エピソード1〜3〉

新型コロナウイルスの感染拡大によって、理想的なスカッドを組めないクラブが存在することになってしまったシーズン幕開け。しかし、試合日程は動くことなく鎮座し、クラブは痩せ細ったままで、ピッチに立たなければならない。それが開幕戦となれば、さらに最悪である。そう、そんなひどい状況でシーズンを始めなければならなかったのが、アーセナルであった。開幕戦は、ブラントフォード。おそらくすべてが万事整っていれば勝てる試合のはずだっただろう。しかし、コロナ禍の為にオーバメヤンとラカゼットが欠場、トーマス、マガリャインスといったボランチとCBの一角も揃わず、EURO帰りで疲労していたサイドアタッカーであるサカもベンチからのスタートとなった。貧弱なチームはその非力な身体のままであたふたし、0-2という新シーズンへの期待感に包まれた心を打ち砕かれる惨敗劇をサポーターに披露してしまう。そして、チェルシーマンチェスター・シティ、といった強豪に勝ち点を献上し、変革をもたらすシーズンのはずが、最悪な3連敗からのスタートとなる。順位表はもちろん最下位に。

サカ、スミスロウ、ホワイト、ウーデゴール、ロコンガ、タヴァレスなどといった若手主体のチームづくりを目指すアーセナルは、移籍期間終了間際に今シーズン極めて重要なテコ入れを成し遂げる。ラムズデールと…

移籍市場が終わる直前、もう1人選手が加入…

我らが日本代表・冨安だった。この2人を早速スタメンに並べたアルテタは、ロッカールームで演説を開始する。このドキュメンタリーシリーズはアルテタのモチヴェーターとしての役割がいかに偉大であるかを示すものともなっている(エジソンの電球についてを、実際に電球を光らせながら話すのにはめちゃ笑ってしまった)。声に力を込め、選手たちの魂を震わせる。「3連敗からの14日間、1から10で表すと、俺はここにいたんだ」とボードに書いたグラフを指し示す。グラフよりももっと下、0よりも下を指差して、ドン底よりもさらに下であったことを吐露する。しかし、もはやその状況からは脱したことを宣言する。

死んでたのさ、怖かった、不安だった。マスコミに叩かれて。でも突然、前向きになれた。家族のおかげだ。妻に3人の子どもがいる。オーナーをはじめ、クラブも支えてくれる。
でも1番の理由は…ここから上がれたのは…君たちのおかげだ。君たちのおかげでハッキリした。なぜ監督をやりたいのか、なぜサッカー界にいたいのか。
だから心の底から言いたい。君たちに感謝している。苦しい時を、私のサッカー人生で最上の時に変えてくれた。自分自身を信じろ。この苦境を君たちのせいにはしない。責任は私が負う。いくぞ。

ノリッジ戦で先発を果たしたこのキーパーと右サイドバックの2人はチームを安定させ、勝利に導く活躍をおさめる。観客席の上の方から心配そうに見つめるラムズデールの家族の様子が印象的であった。しかし、冨安のシーンがあまりに少ないことは感じずにはいられないでしょう。勢いを取り戻したチームは勝利を重ね、ノース・ロンドン・ダービーでも3-1快勝した。それは紛れもなくマン・オブ・ザ・マッチ級の活躍を果たした冨安の貢献が大きかったはずであるのに、彼を映し出すショットがあまりにも少ないのは甚だ疑問を感じずにはいられない(ミスシーンを多く使われている気もしてしまう)。しかし、なによりも個人よりクラブが重要であることは自明である。アーセナルは勢いを取り戻したのだ。Status Quo『Rockin All Over the World』を腕を振り上げながら歌い、歓喜に酔いしれるチーム状況は1から10で表すと、もはや10に近いところまできたといって良かったかもしれない。破竹の勢いで順位表を駆け上がるアーセナルの選手たちがアルテタから、2日のオフをもらって、みんなで雄叫びをあげるシーンはまさにサッカー部のそれであって、めちゃくちゃ微笑ましいシーンである。プロでもそうなのだなあ、と共鳴してしまう。

エピソード3では、ミスがつきまとうサッカーというスポーツにおける不安感や異なる地域への適応への困難さ、労働者階級の街の人々の暗部に接する心模様、ネガティヴなSNSの声との距離の取り方など、メンタル面でのコンディションの整え方の苦労をも映し出されている。EUROでPKを外したサカへの心ない声やそれをケアするサポーターの言葉、濃厚な密度で毎週過ぎ去っていくゲームのなかで、心を持った人間がプレーしていることを忘れてはならない、とドキュメンタリーは啓蒙する。人間と人間の関係なのである。そうであるから、クラブのなかでも当然、不協和音は起こり得る。監督とチームキャプテンという最も強固にしておかなければならないはずの間にでさえもだ。

〈エピソード4〜6〉

幾度もの遅刻などによる規律違反を横行するチームキャプテンであるオーバメヤンとアルテタの確執はもはや看過できないものとなっていた。

あんなに給料をもらっているのに…

という溜息混じりに発せられた台詞を記録におさめたことがドキュメンタリーシリーズとしての価値を高めているだろう。オーバメヤンの問題行為の数々はすべて記録してあるという事実は恐ろしくもありました(ドキュメンタリー配信後日、監督記者会見でネタにされてましたね!)。エピソード4〜6はオーバメヤンとの不協和音が通奏低音として悩ませながら、毎週のプレミアリーグに取り組むクラブの様子が映し出される。この中盤エピソードにも入ってくると、冨安をとらえたショットが増えきているようにも感じられる(チームの一員として認められたから?ドキュメンタリーシリーズのスタッフから?という疑問は残りますね)。

とてつもなく重要な一戦、マンチェスター・シティとの試合のロッカールームにアルテタはカメラを通じて、自室から選手たちを鼓舞することになってしまった。コロナ陽性となって自宅隔離を強いられたからだ。もちろん、スタジアムのサイドラインで声を張り上げ、指示を出すこともできない。しかし、選手たちは異彩を放つ若きアスリートであることを証明するように、ピッチ上からアルテタが見つめるテレビ画面へ向けて、今シーズン極めて眩い輝きを放ってみせる。先制点を上げ、もしかして勝利しスリーポイントを持ち帰ることさえ可能なのではないかと思わせてくれるほどであった。

そんな期待感がたった一瞬のうちに崩れ去るのがフットボールというスポーツの残酷さと面白さである。ジェズスの狡猾な反転から、マガリャインスが咄嗟に飛びつき、倒してしまう。同じ母国ブラジルのために戦い、ガブリエウという同じ名前も持つ2人に明暗が分かれる。レッドカード1枚の重みがアーセナルの勢いを削ぎ、引き分けを目指す戦いへのシフトを強いられる。マンチェスター・シティは完全にハーフコートに相手を押し込み、アーセナルは揺さぶられ、揺さぶられ、最後の最後でゴールを許してしまう。チャンピオンになるチームと今はまだそうではないチームとの見えない壁が選手たちの目の前には見えていただろうか。それでも、アルテタは「君たちは誇りに思う」と画面越しに伝えたシーンは感動的である。だが、あのレッドカードがなければ…ということは誰もが脳裏によぎっていただろう(しかし、狡猾で俊敏なジェズスは2022-23シーズン、アーセナルに所属することになっているのだ!しかも大活躍している…最高!)。

アーセナルにおけるレッドカードのシンボルはそのままグラニト・ジャカを想起させる。過去4度のあまりにも無茶なタックルによって、退場祭りを繰り広げ、試合を壊した男はサポーターからも確かな信頼を得ることができず、口論することも何度も。関係はとても良いとは言えなかった。サカ、ラカゼットと口論し、家へ帰宅してしまうシーンなどもドキュメンタリーには映し出されている。このシーンの彼の印象は最悪そのものだろう。しかし、ジャカはサッカーをしているときの自分とそうではない自分とは気性が異なるのだと弁明するように、家の中では子どもへ優しい眼差しを向ける父親であることが映し出されれば、むーん、と唸ってしまわずにはいられなくなってしまう。カメラは裏側にレンズを向け、人間の複雑性と多様性を映し出す。その内面に触れ、選手個人の愛おしさを知っていくたびに、アーセナルというクラブをさらに愛してしまえる、好きになってしまえるのだ。ドキュメンタリーシリーズの恐ろしさである。

愛するクラブに4年も所属していた愛する選手の別れがこんなにも不本意な関係で幕を閉じるのが残念であるのだけれど、通奏低音として鳴り響くオーバメヤンとの亀裂音、その修復をするために、なんとしてでも別れを1月の移籍市場で決定させることがなによりもこのクラブの持続性において必要不可欠だった。うまいこと移籍先クラブが現れず、頭を悩ませた半年間が急転直下、動き出し始めるのが、オーバメヤンらしい自由な行動によるものであったのが面白い。

バルセロナにいる」
「誰が?」

というクラブ陣営の素っ頓狂なありさまが面白い。ギリギリでの契約解除を成し遂げたディレクター・エドゥの誇らしげな顔は、2022-23シーズン、ジェズスとジンチェンコを獲得するときにまた見ることになる。

エピソード4〜6で個人的に好きだったシーンは、ラカゼットに「これはなんだ?どこがいい?」とスニーカーについて尋ねられたスミスロウが、厄介な先輩に絡まれた下級生のような立ち振る舞いをしながら迷惑そうに困惑していたところだ。あの苦笑いを浮かべながらオドオドしてしまうスミスロウめちゃ可愛かったですよね。

アーセナルは順位表の4位に位置し、「応援してきてよかった」とサポーターからも好意的な言葉が飛ぶ。CL出場権をかけたギリギリの戦いを強いられるが、しかし、オーバメヤンを失ったCFの陣容は手薄であるし、怪我人も多数出てくる。プレミアリーグではクライマックスに圧倒的にドラマチックな展開が毎シーズン用意されているのだ。

〈エピソード7〜8〉

トロフィーを持ったアルテタがクラブスタッフとともにカメラの前に立つ。「月間最優秀監督賞」を受賞したのだ。記者会見で「サポーターのおかげだ。サポーターの皆さんがチームを変えてくれた」と話すアルテタに記者から冗談が投げかけられる。

「呪いに気をつけて」
「何に?」
「監督賞の呪いだ」
「どんな呪い?」
「次の試合で負ける」
「なるほどね」

4位を堅持するために、もう負けることは許されない、アーセナルのシーズン終盤戦が始まる。記者会見で微笑んで応対していたアルテタに呪いが現実となって降りかかるのは、ジンクスというものの不気味さを確からしくしてしまう。クリスタル・パレスに0-3の敗北を喫すると、パーティも冨安もティアニーも怪我という絶望的な台所事情がさらに勝利を遠ざける。アルテタはベンチを温めてきた選手へ期待するが、続くブライトン戦でも意気消沈した大人しいチームはガッツを見せることなく、4ヶ月間ではじめての2連敗を経験し、サウサンプトンに負けて3連敗目を積み重ねる。オーバメヤンが抜けた手薄なCFの代わりになりきれないエンケティアの背中に重圧がのしかかる。いずれチャンスは来るというけれど、ここまでの同時に結果を求められるチャンスというのはなかなかに酷だ。

3連敗の後のチェルシー戦、試合後のロッカールームでは、歓喜の雄叫びをあげるエンケティアの姿があった(むちゃくちゃ良いシーン!)。2得点を決め、チームに勝利を呼び込んだのだ。6位にまで落ち込んだチームの喪中期間も明け、再びCL権への希望が見え始めてきた。その希望を確信に変えるためにも必要なマンチェスター・ユナイテッドへの勝利を、エルネニーの献身性やジャカの華麗なミドルシュートによって手繰り寄せてみせる。再び4位まできた。残りを全部勝てば勝利となるが、もう負けられないプレッシャーは計り知れない。ラカゼットが練習でチームメイトと争いを起こすシーンは、シーズン後半戦、彼がピッチに立つ時間を減らしていったことの証左となるだろうか。ホワイトを怪我で欠くなか、ホールディングが出場して見事にゴールを決める。インタビューに答えるホールディングを見ていると、本当に超超超いい奴なんだろうなあ〜と観ている側もニコニコしてしまう。インタビュアーからは「あなたはとても幸せそうに見える」なんて言われてしまっているのも善人の印象をより強固にする。

ノース・ロンドンは永遠に
天気がどうであれ
ここは俺たちの街
我が心はこの街を離れない
俺の血は永遠に
石畳の間を流れる

エミレーツ・スタジアムに響き渡るルイ・ダンフォードの歌声による援護を受けリーズに勝った。次節、トッテナムとのダービーに勝利すればCL権は確実になる。両サポーターは挑発しあい、スタジアムにはたくさんの警備員が待機する。CL権をかけたノース・ロンドン・ダービーは33分、爆発的なスプリント力とパワーあるドリブルを兼ね備えたソン・フンミンにうまく対処できない超超超いい奴ホールディングがレッドカードを提示されてしまうことで、もはや決定的となる。ハーフタイムのロッカールームで、毎試合、声を枯らしながら選手を鼓舞し、後半へと送り込んできたアルテタも囁くようにチームを宥めることしかできなくなってしまう。

今日が最後じゃない
あと2試合ある
それを忘れるな

残りの2試合を勝てばいい。しかし、ただでさえ、選手層の薄くなったチームにレッドカードによるホールディング出場停止も重なる。災難だ。

結果を出せると思っていた。
勝てるってね。
CL出場が懸かっていて、緊張していた。
未経験の大会だし、だからしくじったんだと思う。

ラムズデールは回想する。若手主体のチームは、“ここぞ”という場面での経験が足りていなかったのだろうか。兎にも角にもエピソード1でのアルテタのスピーチ、「熱き思いで突き進む。それが情熱だ」という意気込みが感じられないロッカールームやクラブハウスが画面に映し出される。つづくリーグ戦でも、ニューカッスルの幅をとった戦術に苦しめられ、サイドに開いたサン=マクシマンに遅れてチェックをかけた瞬間に緩急によって剥がされるという展開は、怪我明けの冨安にはキツいものがあった。ニューカッスルは冨安をベンチへと追いやることに成功すると、その左サイドからクロスを供給し、ホワイトのオウンゴールを誘発し見事に先制点をあげてみせる。アーセナルギマランイスへの得点も許し敗北すると、4位でシーズン終える可能性はほとんど消滅してしまった。ピッチから引き上げた選手たちの悲壮感漂う顔はさすがにしんどい。お通夜ムード。

外への対応は任せろ。
君らを擁護するのは難しいが私が責任を取る。
心配するな

というロッカールームでのアルテタの皮肉もなかなかキツい。「もっとできたんじゃないか。でも引きずるのは良くない。今シーズンはよく頑張った」とホワイトが言い、「あと少しで達成できたのに、結局、手が届かないで終わりそうだ。失望したよ。でも、ニューカッスル戦の結果を変えることはできない。僕らの力が及ばなかった理由は多々ある。今は他のチームの結果を待つしかない」とジャカが言う。そして、最後の最後でようやく冨安のインタビューシーンが!!!ホワイトとジャカがもう可能性は潰えただろうと発言するなか、

まだCL出場の可能性はある。
あとは祈りつつ、勝ち点3を取るしかない

と言及する冨安が素晴らしい。勝ち点3を是が非でも掴み取るために、最終節、アーセナルエヴァートン戦でゴールを積み重ねていく。来シーズンを期待させる、選手たちが楽しんでプレーしているのがよくわかる試合であった。

夏になって振り返ってみれば分かるはず、大チャンスを逃したけど、進歩できたシーズンでもあるって。

ラムズデールは語り、

君らは私やクラブが時に犯す過ちも受け入れて、まとまってくれた。本当にありがとう。

とアルテタは感謝を示す。開幕3連敗、最下位から4位までの上昇、そして、ギリギリでのCL権の座を献上してしまったドラマチックなドラマで、今シーズン最も楽しませてくれたアーセナル

目標が叶わなかった悔しさは、これから長い間、心の中に残るかもしれない

ともアルテタは語った。優れた物語には悲劇的な挫折は付き物で、その悔しさがチームを逞しくし、最後の最後の階段を駆け上がるパワーを与えてくれるのかもしれない。アルテタが率いる若きチームはまだまだ歩みを始めたばかりである。ロッカールームでアルテタがスピーチする最後のシーンで映し出される選手たちの顔を見れば、アーセナルの未来は明るいものだと思えてくる。昨年2021-22シーズンで悪夢の3連敗を喫したチームは、今年2022-23シーズンでは熱き思いで、前に出て攻め込む、美しいサッカーを表現し、18年ぶりの3連勝スタートダッシュに成功した。今年こそは…と夢を見てしまうのだけれど(今年のアーセナルほんっっっとに強すぎるのです。ジェズスやばすぎー)、しかし、まだシーズンは始まったはがりであり、まだまだ先は長いのだ…と忠告が必要だろうか?