昨日の今日

昨日の今日

お笑いとテレビと映画と本と音楽と…

本気になるならケンカもするよ

Anri - Last Summer Whisper - YouTube ほんとに一生暑いですね。さいあくだ。縁側で扇風機の風を浴びたり、アイス食べたりしたいですね。このアニメーションは『ああっ女神さまっ』であるらしい。観たことないのだけど、女の子のキャラデザかわいいので気になってしまいますね。こんなに優雅な曲が生まれた年の夏は今よりもずいぶんと涼しかったのでしょう。『小出コスモ』でも昔の夏曲が生まれた年は今の夏と気温が全然違うと話していた。ベボベには夏曲多いけれど、こいちゃんは夏が大嫌いらしいです。こんな暑い夏好きになれないですよね。しんどいもんね。『熱帯夜の影響なのか、ただただ睡眠の質が悪いのか、よくわからない夢を見る日が増えているような気がする。目が覚めたときに夢なのか現実なのかわからない日もあるし、実際、夢のほうが現実なのかもしれない。

「ブログを乗っ取られないようにするための罠を仕掛けておくといいよ」と“サーバーに侵入してきた敵がもともと自認しているものとは異なる性格を突きつけられる”という謎のセキュリティをカタカタとキーボードをたたいて作ってくれている池田瑛紗を隣で見ている。そんなヘンテコな夢をみた。わたしは「そんなんでセキュリティになんの?」とか「思っていた自分の性格と違うことがわかってビビるのかな?」とか言っていた。池田瑛紗は「そりゃあね」とか言っていた。謎夢。『文學界』の「筒井康隆×Dos Monosが楽曲を共作――「だんでぃどん」ができるまでを荘子itが語る」を読んだので(わたしはDos Monosの音楽が怖いので聴くことはできないのだけど)、筒井康隆『ダンシング・ヴァニティ』

を読んだ。反復文体というものが正式にあるのかどうなのかはわからないのだけれど、細部の描き方を少しずつ変えながら物語が幾度も反復されるのが面白い小説だ(そういう点では森見登美彦四畳半神話大系』っぽいところもあるかもしれない)。冒頭の

「ねえ。誰かが家の前で喧嘩してるよ」3頁

というセリフが

「ねえ。家の前で戦争が始まってるよ」49頁

というふうに変化していく。反復していく文体は、日常の積み重ねであり、それは「歴史」でもある。というもので、その「歴史」はなにも一直線だけに進んでいくのではなく、曲線を描くこともあり、線は交り合うのだというふうな描写も登場するのが興味深いし、単純に読んでいて、とてもおもしろーい。荘子itはインタビューのなかで、この戦争に隣り合うときに踊ることができてしまうことの愉しさと切実さを取り入れたかったのだということを明かしていた。

「ダンシング・ヴァニティ」から「ねえ。 誰かが家の前で喧嘩してるよ」という台詞を引用したのは、朗々とした一人語りに何か冷めた部分を入れたいという意図だと話しましたが、 家の前で誰かが喧嘩してるよっていう言葉自体が怖いニュアンスをはらんでいて、隣国で戦争が起きてるとも拡大解釈できる。
今の情勢はまさにそうだし、「ダンシングオールナイト」で語られた通り、ジャズって常に戦争をとても身近に感じる音楽でもあるんです。戦前、戦後を経て成長してきている音楽なんで、常に暴力と隣り合わせだという感覚がある。筒井さんの小説も笑えるけれど、その裏には恐怖がた潜んでいて、その両面を入れられたらいいなと思っていました。

ウクライナのことをSNSなんかで見ていたりすると、戦争と隣り合わせに生きながらも、わたしたちの日常を続けていくことの権利や歌を歌うこと、音を奏でることなども目の当たりにしますね。しかし、この半年くらいで日本にいる私たちは恐怖と隣り合わせにいることを漠然と忘れかけている感じがしてきていて、まあ、それも大切なことなんでしょうけれど、むずかしいですね。私にはわかりません。ずっとこんなことになってしまう。

『ニューヨーク恋愛市場』は伊藤×イワクラカップルが撮られた直後の収録に、オズワルド、chelmicoがゲストに来ていた。サイコー。chelmicoのabemaのニューヨークMC番組出演って、『アベマショーゴ』以来ですかね。もう6年くらい経ってるのに落ち込む。「女子のオチの無い話を上手に終わらせ王」にはパンプキンポテトフライ谷が出ていた。「ナポリタンを食べたら、それが焼きそばの味だったの!」という女子の話にうまく合わせらない谷さん、意外でした。オチの無い話がどうこうはわからないのだけど、最近わたしはなんてことない普通の話みたいなのができなくなったなあ、とつくづく思う。サッカーの話、漫画の話とかでテーマがあるのならいくらでもみんなでベラベラ喋れるけれど、共通言語がない友達とはあんまり喋ることが思いつかないのだ。4人いて3人がサッカーに興味があったりすると、その3人でサッカーで盛り上がってしまって、ひとり置いてけぼりみたいなことがまあまああるので、どうしたものか、と。

ニューヨークとパンプキンポテトフライは『マッドマックスTV』でも共演。オープニングはさらば森田が明かす、誘ってもこない谷さんの話、山名さんの飛び癖の話だった。企画は「日常のモヤモヤを天才・成田悠輔に相談!」というもので、芸人たちが成田悠輔に素朴な疑問を尋ねていくのが面白かった。成田悠輔もずっと適当に喋っていて、良かった。疑問と回答。

納言・薄幸

Q,「洋服屋さんのタグはなんで内側なの?」

A,「センスと審美眼を磨くために内側についてる」

東京ホテイソンたける

Q,「人間の体毛はもういらないはずなのに、なんで僕の体毛はすごいの?」

A,「体毛をなくしたら、人間としてのアイデンティティを失う。動物でもない、アンドロイドでもない、中途半端な存在として体毛は必要」

オズワルド・畠中

Q,「アワビと松茸を組み合わせたらピカッと光ると思うんですよ。どう思いますか?

A,「オズワルド教の誕生ですね」

オズワルド畠中はいつものラジオで話している通りに訳の分からないことを、ずーっと話していておもしろかった。狂気的であった。最高。パンポテ谷が成田悠輔に聞きたいことは「お家という概念はいらないんじゃないか」であるらしい。

地球に住んでるってことでどうでしょう。僕、終電とかで、慌てて電車乗って帰ってる人見たら笑っちゃうんですよね。なんでそこで寝たいん、って。

遊牧民・谷さんは、定住する現代人が不思議らしい。この谷さんの疑問は、地政学なども横断して、平和の議論を呼び起こしそうですね。

『ラヴィット』木曜日。スタジオではサンボマスターがテーマソング『ヒューマニティ!』をテレビ初生披露。結局サンボマスターって感動しますよね。『ラヴィットソニック2023』本当にありそうなのでマジで楽しみ、行きたい。その前にゴールデン特番で、全曜日大集合やってほしい。絶対楽しい。ニューヨークの夏休みはレゴランド・ジャパン。ゲストには本田仁美と河合くんだった。ジェットコースター乗るときなど、嶋佐と河合くんのペアになっていたの良かった。

台風がきて、窓外を眺めると雨が降っているわけなので、本でも読むかあという感じの土曜日。とか思うのだけれど、結局、銃弾の続きについての言葉を視界の端っこでとらえてしまう。暗い気持ちになる。まあ、なんとなくだけれど、宇野常寛ゼロ年代の想像力』の問題提起の返答がこの本でも十分にはできていないのだろうし、2022年になっても「この課題に答えうる批評は未だ存在しない」のだろうなあ、という感じがしてくる。

そう、問題は既に次の段階に移っている。碇シンジ夜神月を止められない。碇シンジの「間違えてしまうくらいなら何もしない」という選択は、単にゲームの存在に無自覚な愚者の決断としてしか機能しないのだから。碇シンジに戻る=九○年代に退行することなく、ゼロ年代決断主義を克服する=夜神月を止めるには、どうしたらいいのか–––それが決断主義という不可避の困難に直面する、九・一一以降の動員ゲーム=バトルロワイヤルのゼロ年代を生きる私たちの課題なのだ。だが、この課題に答えうる批評は未だ存在しない。

宇野常寛ゼロ年代の想像力』25-26頁

この課題の先を考えるうえでの足掛かり的なものとして、髙橋優さんのnote、TVアニメ『弱キャラ友崎くん』が映し出す現代資本主義の袋小路:宇野常寛ゼロ年代の想像力』と終わらない「自己啓発」を超えて

TVアニメ『弱キャラ友崎くん』が映し出す現代資本主義の袋小路:宇野常寛『ゼロ年代の想像力』と終わらない「自己啓発」を超えて|髙橋 優|notenote.com

というものを最近見つけて読んで、面白いなあと思いました。柄谷行人『世界史の構造』での「新自由主義というのは自由主義ではなくて、つまるところ帝国主義なのだ」というのを思い出す。椅子取りゲームに参加したくないと思いつつも、誰かが椅子を用意して座ろうとすれば、もう巻き込まれてしまうし、競争のように見えて実のところは搾取の構造。これもありました。

【書評】マーク・フィッシャー最終講義『ポスト資本主義の欲望』(評者:木澤佐登志氏)|左右社|note

note.com

資本主義的欲望にただ追随するのではなく、新たな集団的欲望=リビドーを生産することで、資本主義的欲望に対抗リビドーをぶつけること。この点に関して、六〇年代のカウンターカルチャーは、フィッシャーにとって集団的な対抗リビドーを醸成させるひとつの実験であったとして再評価の対象となるだろう。
 フィッシャーはテクノロジーよりも、最後まで文化の潜在的な力を信じていたように見える。それは集団意識を生産し、新たな公共圏を創出=発明する試みにこそ賭けるという姿勢にも繋がってくる。
 フィッシャーの死後、彼が不在の講義はグループによる読書会へと変わり、のちに「無から何かへ」という名のより公共の読書会となったという(もともと本書に収められた連続講義は、毎週フィッシャーが指定した一冊か二冊の本を俎上に載せ、学生たちと対話しながら思索を進めていくというポリフォニックな内容だった)。それは図らずも、フィッシャーが目指した未来の公共圏の先触れのようでもあった。

どうしてオルタナティヴを作っていけるかですね。つらいですね。つらいのでポール・オースター『サンセット・パーク』

を読み始める。めちゃくちゃ良い。まずもって装丁がいい。かわいい。なんだかギヨーム・ブラックっていうような趣がありませんか?どうですか?本棚に置いておきたい本ですね。ゆっくり読み進めていると、ここにもこんなことが書いてある。

過去数十年の技術革新は、生の可能性を広げたどころがかえって狭めたと彼は主張する。ひたすら利潤を追求する企業の強欲が生んだ使い捨て文化にあって、情況はいっそう荒廃し、いっそうの疎外が広がり、意味はますます失われ、全体を統合する目的もますます希薄になっている。まあ彼の反逆行為はチャチなものかもしれない。長い目ではむろん、短い目で見ても殆ど何も成し遂げぬひねくれた意思表示に過ぎないかもしれない。でもそれは、人間としての彼の威厳を高める助けにはなるp66

疲れたので大林宣彦×山田太一異人たちとの夏

を観る。初めて観た。すっごく良かった。ずっと観れていなかった『ドキュメント72時間』〜京都 青春の鴨川デルタ』をこの夏の再放送でようやっと観れた。観れていなかった期間でめちゃくちゃ期待感が高まっていたので、こうして観てみたら案外こんなもんかあ、となってしまいました。とは言いつつも、鴨川にいた時間を記録している青年のことは調べてしまうわけで、元同志社大学記録係のTwitterは残っていたし、現在、他の大学に入り直して漢詩の研究をしているアカウントも更新されていました。

アーセナルの第2節はvsレスター。ジェズスはアンリでありまして(憧れていることを公言してましたし、newアンリではないのだと言っていたけれど)、コンパクトな足の振りでふわっと浮かせた先制点シュートは絶品。ドリブルの緩急とコースどりも最高で、笑ってしまう。アーセナルは本当に見ていて楽しいチームになっている。ジャカのオフザボールも見違えるものになっている。たのしい。

チェルシーvsトッテナムを観た。クリバリの素晴らしいアクションに惚れ惚れしてしまう試合だった。一時期、デ・リフトの後釜としてユヴェントスに来る…かも?という噂があったので悔やまれる。はあ…。そして、ハヴァーツかっこいい…わたしもハヴァーツみたいになりたかったなあと思ってしまう。190センチと高さもあり、足元も巧みで、裏抜け、ポストプレーもできちゃうなんて、彼がいるだけでチームにとっては有難いですよね。現代サッカーの魅了してくれる選手のひとりだ。坊主もよく似合う。チェルシーは戦術的にも洗練されていますね。あー、なんかの間違いでトゥヘルがユヴェントスの監督になってくれないだろうか、と夢想してしまう。いまのアッレグリにはなんのコンセプトも無さそうで落胆しているのだ。トゥヘルとコンテのやり合いも観ていて楽しかったですね。なんでこんなことになってしまったのでしょうね。2人ともカッコいいですね。熱い!f:id:You1999:20220815030239j:imageこれって最初、コンテが同点に追いついた時に煽ったところから始まったのだろうか(もしくは先制点からトゥヘルが煽っていたのだろうか)。そして、2点目のトゥヘルの煽りランニング(笑)でバチバチ…!って感じでしょうか。あれは意地が悪い(が最高である)。監督同士が荒れるなんてのはもう楽しくて仕方がないのでして、これからもこのライバル関係と言っていいのかわからないけれども、火花散らしてほしい。しかし、まあチェルシーには気の毒な判定が多かったのも事実であります。すこし陰湿ではあったけれど、まあ試合運行全体に気に食わない感じもよくわかる。最後、シェイクハンドのところでまたしても歪み合いになったわけだけれども、海外のSNS上では、トゥヘルがドイツ人、コンテがイタリア人ということで、ヒトラームッソリーニの写真と並べてアップしているものが結構あって、筒井康隆『ダンシング・ヴァニティ』でのような、「家の前で誰かが喧嘩してるよっていう言葉自体が怖いニュアンスをはらんでいて、隣国で戦争が起きてるとも拡大解釈できる」ということを実感しました。個人の思考の中で反復される積み重ねによって、なんてことない喧嘩から戦争を想起してしまう人もいるのだなあ、という不思議さを垣間見ました。髪を引っ張られたククレジャ、カンテのハムストリングの怪我も心配ですね。最近の眠るときはJames Blake、Endel『Wind Down』

Wind Down

Wind Down

  • Republic Records
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をスリープタイマーにして流している。脳みそがブワァと広がり溶ける。

ユヴェントスの開幕戦はサッスオーロに3-0で勝利!よくやった!絶対負けると思ってた笑!ペリンの神がかったセーブ褒!とディ・マリア様様という感じ。ヴラホヴィッチも2得点できて良かった。DI MARIA DEBUT GOAL & DUŠAN DOUBLE! | JUVENTUS 3-0 SASSUOLO | SERIE A HIGHLIGHTS - YouTube 力強いコンセプトをもとに勝ったというよりは、本当になんとなく勝った感じであって(ディ・マリアの試合をコントロールする力と走力と決定力にずいぶん助けられて)、勝ったもののこれからのシーズンへの不安は残ってしまった。構築しているビルドアップはまだまだで、ボヌッチとブレーメルのCB2枚もどれくらいできるのかもシーズン半分くらいになるまでわかりませんね。キエッリーニボヌッチの次世代はデ・リフトとデミラルで安泰だね!といういっときの安心感はなんだったの…?

Netflix深田晃司『本気のしるし』が配信されたので観よう。