昨日の今日

羊文学TOUR2022『OOPARTS』in Zepp DiverCity Tokyo

f:id:You1999:20220625140416j:image羊文学のTOUR2022『OOPARTS』に行ってきた。Zepp DiverCityの1階ってなんだか微妙な気がするなあ、と思っていたので今回は2階から見たのだけど、会場全体を見れるので演出や照明の感じを俯瞰してみれるので良かった。椅子に座れるのも楽チンである*1

オープニングを飾るのは『our hope』の一曲目でもある『hopi』だった。「朝へゆく船はいま動き出す」という歌声が、ぼんやりとした青いライトに灯る希望が不規則に点滅する照明演出によって表象されることで、今日のライブの船出が宣言される。しかし、まだ羊文学の姿は霧に包まれ、ぼうっとしか見えていない。わたしたちはぼんやりと青いライトに点滅する希望だけを不安げに見つめ、船は波の上を揺蕩っている。なんだか今日のライブは演出が凝っているようである、と思いながら、そのままいつもライブで羊文学オープニングを飾っている『mother』の轟音に包まれる。

美しいコーラス!が響き渡る『雨』の降る落下運動とともに羊文学を囲っていた紗幕が落下し、赤い衣装に身を包んだ2人と真っ黒なフクダヒロアの姿が見えると、うおー!と声を出して拍手してしまった。雨が誰かの視界を覆うものを洗い流し開くが、この雨は誰かの視界を覆う涙でもある。つづく『光るとき』では、羊文学の足元にはスモークが炊かれて、雲の上で歌っているようであった。上から下に降った雨とは反対方向に今度は上に登っていく。今回の羊文学TOUR2022『OOPARTS』では、この垂直の位置関係を思わせるセットリストが印象的であり、水平的な関係から弾き出された誰かへ梯子をおろすようであるのが感動的である。雲から流れ落ちる雨粒、この涙を流した死者へ歌う鎮魂歌であり、今を生きる誰かの傷を癒す雨でもある。その雨は枯れ果てた『砂漠の君へ』も降り注ぐ。

一昨日まで北海道にいて、東京に帰ってきたら、暑すぎて「夏がきたなー」と思った、と塩塚モエカが言い、河西ゆりかの「15度もちがうらしいよ」という言葉に驚いていた。そんな会話のとおりに、ライブのセットリストも前半部の梅雨が終わり、季節は夏へと移り変わる。災害的な猛暑に包まれる列島に『夏のせいです』『あの街に風吹けば』で爽やかな風を吹かせたあと、『our hope』に収録された楽曲の数々がお披露目される。『電波の街』『金色』『キャロル』『くだらない』『予感』、痛みに寄り添うことしかできないやるせなさと諦念があり、しかし、その誠実な態度な美しさもまたまだこの街のどこかにはあるのだろう、と信じたいと願うような歌声である。遠くにある希望のような光を見つめ、諦念だとかペシミスティックなを『予感』という漠然としたものに託していく。「そっと、おやすみ」と囁き、誰かの夢の中に理想を描いていく。羊文学の背後にはスクリーンが広がり、静かに揺れちらちらと輝く波や横断歩道を忙しなく渡る人々の様子、建築のいくつもの窓などが映し出されていた。そして、『OOPARTS』では16パネル映像にに「打ち上げ」「非常事態」などの文字が並び、火星を目指すロケットによる垂直的なの線も描かれる。ライブバージョンのアレンジも感動的で新たなアンセムとなった楽曲は「今ならばまだ間に合うのに」と告げていた。何かへ邁進しているのだけど、何が本当かわからない漠然とした不安がたちこめる。

この曲ができたことでアルバムの方向性が定まったのだという『パーティーはすぐそこ』は「最後のチャンスなの」と歌われる。『OOPARTS』とはまたちがった市井の人のこころである。『マヨイガ』によって肯定し、『あいまいでいいよ』と救いを差し伸べる。壮大な広がりを持った『ワンダー』では、ライブ前半での「涙」の落下による垂直的な位置関係が表象される。

「環状に巡るはずが感情が溢れて泣く」

円環に繋がることができずに溢れ出ていく涙が零れ落ちないように空を見上げ、誰かを思う。誰かが心地よく在れますように、と。

羊文学が舞台を去ると、すぐにアンコールの拍手が会場を満たした。なんだか最近アンコール前提で、拍手するのが早いのとても嫌だなと思う。節操ない。

アンコールは『人間だった』で「きこえるかい?」と問いかけることから始まり、『powers』の想像力を信じ、願い、手を広げて、きっとあなたが『夜を越えて』いけることを祈る3曲で終わった。「朝へゆく船はいま動き出す」のだ。

 

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*1:と思ったら、途中から硬い椅子でお尻が痛かった。マクドナルドの椅子アーキテクチャだ。ふかふかにしてほしい