昨日の今日

昨日の今日

お笑いとテレビと映画と本と音楽と…

きっと君はいい事おもいつく

Just The Two Of Us - YouTube 最近、この曲を聴きながら眠っている。眠れないときにはこれか、玉置浩二か、曽我部恵一がいい感じ。それかもう普通にフランク・オーシャンがいい。最近、眠れなさすぎて、困る。眠れずにベッドの上に横たわっている時間が本当に無駄すぎて悩ましい。それで眠れず起きて、録画してあった『17才の帝国』最終話をようやっと観た。マジで面白くなさすぎー、という感想。AIを使って、第1話に「魂」とかの言葉を入れる全5話の物語であるのならば、普通に真木くんが雪を反映させたAI・スノウを作ったことに関する死者への尊厳とか倫理とかの話にして欲しかったと思った。真木くんが「かつて親友だった女の子・雪のデータを反映させたAI・スノウを作った」ことに気持ち悪さを感じた人々の直感はその時点ではそうだったとしても(で、政治の話にするならここだと思う。AIの提案するものになんとなく違和感を感じる。そこに人間の政治の営みがあるんじゃないの、と。または反対に、お〜と納得して従順になる環境の危険さ)、技術的にもっと人格を付与できそうな個人として眼前に現れたらどうなっただろう。それこそ「不気味の谷」ではないけれど。真木くんと雪も『Just The Two Of Us』でいきたかったはず。私はあんまり否定する気にはなれないのです。

イアン・マキューアン『恋するアダム』

はその実験のような小説であって、人間と機械の区別がつかないほどの人造人間アダムくんの物語なのだけど、記憶なども完全に収蔵されて大切な人がこうして生き返ったりしたら、わたしたちは愛することができるのだろうか。愛することができてしまうことに苦悩するだろうか。とか、悩むことすらおかしくて、このアラン・チューリングが放つセリフがめっちゃいい。

「きみは駄々っ子みたいに自分の玩具を壊しただけではない。法の支配のために重要な証拠を無効にしてしまっただけではない。ひとつの生命を破壊しようとしたんだ。彼は感じることができた。彼は自意識をもっていた。それがどんなふうにしてできているか、神経細胞でか、マイクロプロセッサーでか、DNAネットワークでかは問題ではない。わたしたちのような特別な能力をもっているのはわたしたちだけだ、ときみは思っているのかね?犬を飼っている人たちに訊いてみたまえ。これは善良な心なんだぞ、ミスター・フレンド。たぶん、きみやわたしの心よりもましな心だろう」p389

イアン・マキューアン『恋するアダム』村松 潔 訳

いまはペットとか読んでいるけれど、いっしょに暮らす家族であることをどうやって認めていくかとか大切になるかもしれない、というか家族なのだ。めちゃ極端なことをいうと、川で溺れている他人と家族である犬、猫のどちらを助けるのか。

今月の『新潮』で始まった新連載、坂本龍一『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』の第1回は、「ガンと生きる」だ。晴れて寛解した中咽頭ガン、しかし2020年に直腸ガンと診断されたこと。医者のあまりに淡白な伝え方が気になったこと。もう病院から出られないのかもしれないと思ったこと。頼りになる人がいることが少なくても確かに存在すること。時間という概念の疑わしさについて考えたこと。両親の死のこと。自然に生き、自然に死んでいくはずの動物の本来の生命とそこから外れている人間の生のこと。などなどがインタビューを再構成した形で書かれている。そして、最後の章「死語の世界」で決して想像力を諦めない人間の生の果てを信じる話、信じたい話で閉じられているのが良かった。

よく家族で夜空を眺めては、「あのキラキラ光っている星が、亡くなったおじいちゃんだよ」と、親が子供に言い聞かせたりしますよね。科学的にいえば強い光を放っているのは遠く離れた恒星で、太陽の何千倍ものエネルギーを持っていますから、とても人間が住める環境ではないはずです。でも子供には、親のその言葉を信じたいときがある。
セーガンやジョビンの想像力、そして死んだらお星様になるという素朴なファンタジーを、いまのぼくは決して否定したくありません。果たして死後の世界があるかどうかはわからないけれど、ぼんやりとそんなことを考えています。p198

坂本龍一『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』第1回「ガンと生きる」

めちゃ良い。素敵だと思います。一方で『恋するアダム』のアダムくんはこう言及している。

「わたしたちはあらゆる場所を見ているわけではありません。頭の後ろは見えないし、自分の顎さえ見えません。わたしたちの視野は、周辺部も認識しているとして、ほぼ一八〇度だとしましょう。奇妙なのは境界線が、端がないことです。双眼鏡を覗いているときみたいに、見える部分があって、あとは真っ暗というわけではありません。なにがあって、それから無があるわけではない。わたしたちには見える部分があって、それからその先は、無さえ無いんです」
「だから?」
「死もそれとおなじようなものです。無でさえないもの。暗闇でさえないもの。視野の端は意識の端をよく表しています。生があって、それから死。前触れなんですよ、チャーリー、一日中そこにあるんです」
「では、すこしも怖れることはないということだな」とわたしは言った。
彼は両手を挙げて、トロフィーをつかんで振るかのような仕草をした。「まさにそのとおりです!怖れているのは無でさえないものなんですから!」

イアン・マキューアン『恋するアダム』村松 潔 訳 187-188頁

ふむふむ。どうでしょう。想像力は素朴なファンタジーを夢想できるポジティヴなものとしても働くけれど、ネガティヴに働いて身動き取れなくもなったりする。それなら、こういうポジティヴな解釈もありかもしれないのだけれど、でも、どうでしょうね。「時間は存在しない」とかもそうなのだけれど、量子力学的なこういった解釈にわたしはなんとなくずっと腑に落ちない感じがある(けどエモくてなんだか感動的であるのも同時にいいなと感じている)。故人をAIによって復元してしまうことの倫理的な問題って、尊厳とかもあるのだろうけれど、人間の美しい力である想像する力を奪ってしまうこともあるのかもしれない。誰かの中で生き続けている誰かを殺してしまうのかもしれない。『リメンバー・ミー』だ。でも、それを乗り越える何かが出てきてほしいとも思う。若林正恭のイタコではないけれど、もう会えない人にもう一度会いたいという願いはずっと普遍的だろうし、なんとかねえ。

ストレンジャー・シングス』シーズン4の6話の最初に「信じていないヤツに悪魔は止められない」と警察に言うセリフがあって、良い。シーズン4も想像力を信じる物語だ。それにしてもシーズン4は身体的な痛みが多くても観ていて疲れる。この痛みは相続力ではなかなか補えないところだ。vol.1はぜんぶ観終えたのだけど、7話の自転車に乗るシーンが最高すぎ!わたしも自転車に乗らねば…!という気持ちになる。でも、日本で自転車に乗るのって気持ちよくないだろうし(とくに都心は)、京都とか北海道とかだったら、良さそうだなあ。旅行でレンタル自転車で走りたい。

タイムフリーで『メガネびいき』おぎやはぎと設楽さんでブラジル戦を新国立に見に行ったそうです。羨ましい。小木さんは観客がぶあーと広がった新国立を見たら感動したそう。みんなネイマールを見たのだな。私はパリ戦のチケットが当たったので埼玉スタジアムに7月行きます。はじめてのネイマールです!『フットボール批評』7月号

を読む。表紙は真田のような真っ赤な甲冑を纏っている名参謀ラインダースと大将クロップ(2人の顔に比べて、サラー、アーノルド、アリソン、チアゴ、ダイクが「ちぇっ、なんだよ」という顔をしているのがおもしろい)。ラインダースは、リヴァプールを支えるために必要なのはなによりも明確なコンセプトとそこまでの過程である!とでもいうような巻物を広げている。リヴァプールは戦術だとか選手だとかの前にクラブの理念を固めてそこからの逆算によって強者の舞台へと舞い戻ったチームですからね。この本、ほんとにヤバくて名参謀を伴うチームのガバナンスを整えるのには?ということで、普通に軍隊の話などをそこに精通している人にインタビューなどしているので、笑ってしまった。『FOOT×BRAIN』でもそこまでしないよっていう。マリノスファンとしては、ポステコグルーのもとで働いた今矢さんの記事もおもしろかった。「止めて蹴る」の究極系を目指してJリーグのトップに立ったフロンターレとは異なり、アンジェの理想は「ボールを止めないサッカー」であり、ボールと近いサイドの足でタッチすることによって、重心を深くすることなく、つんのめるようにして前に進んでいくことを求めている。そして、そのアンジェの明確な理念を落とし込むためには何が必要となるのだろうか、というとそれは負けたとしてもやり続けるという頑固な側面でもあり、冷静に長期的な展望を見据えることも大切だということ。理念が正しいものと信じるのならやり続けること!ボスが降格争いをしている際にも解任されなかったのは、クラブのしっかりとした理念があったからなのだろう。つまり、名参謀を抱えるにはなによりもクラブの構造が肝になる…!ということで、いま、どれだけのクラブがそうあるだろうか。となると、やっぱりマドリーは強い…ユヴェントスはその理念がだんだんと薄れてきている…。

日曜日。『FOOT×BRAIN』はオシム回だった。オシムが現代サッカーで指揮していたらどうなっていたのだろう、と夢想せずにはいられない。『ゴッドタン 』にアンジェが出て、三四郎の小宮とコンビネーションをみせていた。『放課後ウォンテッド』でニューヨークとの共演を観ていたので、わあ久しぶりだなあ、と思いました。

火曜日。サッカー日本代表は、チュニジア戦。森保ジャパンらしく重要な試合では確実にボロボロに負けるという、“らしい”試合でした。『フットボール批評』に関連していうのならば、なにか明確な“理念”や“コンセプト”がこの4年間でずっと空白だったことが残念でなりませんね。中盤のフィルターになってほしい遠藤が動きすぎてしまっていた。誰が降りるのとかも決まってないのだろうか。

スッパイマンを食べて、うえ〜となるウンチェを見て、梅干しお握りに震えるユリを思い出した。[ENG sub] IZ*ONE CHU [3회] ′자, 이제 게임을 시작하지′ 매실 절임 주먹밥 복불복! 그 결과는? 181108 EP.3 - YouTube  というか私はこのチョユリが好きなだけなのですが。[LE▶️PLAY] 은채의 매실 과자 챌린지 l 꾸라 언니의 간식 맛보기😼🙀 - YouTube 私マジで梅干しを何年も食べていない気がする。梅干し食べたい。『LE SSERAFIMのオールナイトニッポンX』を聴いた。SAKURAが「この子はすごい…!」みたいなことを言うたびに、ズハが「いやいや…」と言うの良かった。「いやいや」の言い方に過度な謙遜の雰囲気が出ていないの好き。ラジオってほんとに良いですね。母国語で話す2人の言葉の隙にあるニュアンスを理解できるのが嬉しい。私はK-POPの動画を見ることの良さとして、完全にはニュアンスを把握できないところがあるのですが、こうして日本語で話すのを聴いていると良いなあと思いました。KAZUHAってほんとに良い人そうで…はあ〜…という感じ。ときに、ズハという文字を見るたびに必ずジェームス・イハを思い起こしてしまう。

『ゴッドタン 』にパンプキンポテトフライ 。山名さんはまったく喋らず、谷さんのヒモエピソードで盛り上がっていた。『武尊vs天心』を観る。私は『アベマショーゴ』視聴者であったので、もちろん武尊くんを応援していたわけだけれど、こうなるのかあ、と。いい感じに打ち合いにならなかったし。悲しい。結果どうこうよりも、とりあえずはこの試合をやり終えたことの安堵の方が大きそうにも思える。お疲れ様でした。ニューヨークとまた番組やってほしいなあ。