昨日の今日

Netflix『ネイマール:パーフェクト・カオス』

現代のサッカー界には2人の偉大な選手がいる。ひとりは、この世に存在しうるなかで最も甘美な細かいタッチと緩急で相手選手を撹乱し、類い稀なる精度でシュートをゴールに突き刺す。もうひとりは、縦への推進力に満ち溢れたドリブラーから、一瞬の瞬発と跳躍でボックス内を支配するゴールマシーンへとコンヴァージョンすることで、イングランド、スペイン、イタリアの三大リーグで得点王に輝いている。そう、リオネル・メッシクリスティアーノ・ロナウドである。2人は2008-2017の間、世界年間最優秀選手に贈られる賞、バロンドールの座を独占してきた、サッカー界の頂点に君臨する選手たちである。別格なのだ。サッカーの神様からの恩寵を授かっている彼らのような選手は向こう100年、出てこないだろうというのはもはや誰にとっても自明なこととなっている。どちらが1番か2番か、という問いにはなかなか答えを出すことは難しいだろう(そもそもそんな問いには意味がないのかもしれない)。では、3番目を選ぶのならばどうなるだろう。さまざまなビッククラブがその動向を注視している、194センチという体躯に、敏捷性とポジショニングを武器に躍動するハーランドと、フランス史上最年少でのワールドカップ得点を達成し、2018 FIFAワールドカップ優勝へと導いた、理不尽なエンジンを備えたスポーツカー、エンバペだろうか。もしくは、新型コロナウイルスの影響によってバロンドールを取り逃がしたが、その圧倒的な得点能力の素晴らしさを世界に知らしめている33歳の大器、レヴァンドフスキだろうか。メッシ、ロナウドバロンドール争いに終止符を打ち、年々パフォーマンスを向上させているようにさえ見える衰え知らずの36歳、モドリッチだろうか。サラー、マネ、ベンゼマ、デ・ブライネ、ジョルジーニョ、カンテ、ファン・ダイク………3番目になる選手を選ぼうと名前を挙げ考えればきりがない。いや、本当にそうだろうか。そんなに難しいことではないのではないだろうか。そう、サッカー王国ブラジルにいるじゃないか。ネイマールが。メッシ、ロナウド、その次にいるのはネイマールである。私はそう確信しているのだけれど、しかし、Netflixリミテッドシリーズ『ネイマール:パーフェクト・カオス』はネイマールの斜陽な日々を映し出すことに、その多くの時間を割いている。もはや、“だった”というべきなのだろうか。

幼少期にして、その才能を見出されるとブラジル最大のビッグクラブであるサントスへ、やがて世界にその名を轟かせるとスペインのレアル・マドリーの下部組織へ、そして、またサントスへと戻るとその才能が大きく花開き、ブラジル国内でサッカー選手としても、国民的なアイドルとしても、熱狂的な成長を遂げることになる早熟の天才、ネイマール。第1話「ブラジル期待の星」では、ブラジルの10番となった彼がメッシが所属するバルセロナ挑戦の船出を映し出し、幕を閉じるのだ。他にも、貧しい環境から現れた痩せた体躯の天才少年と、成功し莫大な財産を得た入れ墨を施された男の対比が画面の緊張を維持する。警察に追われるものを目の当たりにして「ここがブラジルさ」と笑みを浮かべるネイマールとその社会という射程がサッカーと世界というものを意識させる。

第2話では、バルセロナに加入したネイマールの苦悩と素晴らしい活躍、そして、2014年に母国ブラジルで開催されたFIFAワールドカップである。莫大な費用がかかるために多くの国民に反対されながらも開催されたこの大会で、ネイマールはブラジルの10番としてチームを優勝へと導こうとするのだが、準々決勝コロンビア戦で悲劇を経験することになる。腰に膝蹴りを受け、脊髄にダメージを負ってしまい途中離脱になるのだった。彼自身、そしてチームもまたパニックに陥り、10番という心臓を取り除かれたチームはドイツとの準決勝「ミネイロンの惨劇」という1-7の惨敗を刻み込まれることによって、あまりにも残酷に打ち砕かれてしまったのだった。ネイマールバルセロナに加入したのと入れ替わりに、スペインを去ったペップ・グアルディオラという稀代の戦術家がドイツに入国し、ゲーゲンプレス、高いインテンシティというドイツのアイデンティティに彼特有のポゼッションサッカーを加えたことによって飛躍したバイエルンの選手たちがドイツ代表でも躍動したのであった。

悲劇を乗り越えたネイマールは、メッシ、スアレスネイマールの頭文字をとったMSNでの活躍に加え、オーバーエイジ枠で出場した2016年リオデジャネイロオリンピックで、戦うことなしに負けた因縁のドイツを倒して、金メダルを獲得する。多くの批判にさらされた美しき天才は国民の英雄となった。さらに、バルセロナでも彼は大きな仕事をやってのける。UEFAチャンピオンズリーグ 2016-17 ラウンド16・FCバルセロナvsパリ・サンジェルマンFC のセカンドレグ。「カンプ・ノウの奇跡」だ。PKを2つ獲得し、直接フリーキックを叩き込む、大逆転をお膳立てをする世界の時間を止める優雅なラストパス。ネイマールの大車輪の活躍によって成し得た大逆転であった。しかし、翌日、メディアが報道するのはメッシが勝利へと導いたというものであって、そんなことが関係しているのかどうかはわからないのだけど、ネイマールは次なる挑戦、フランスへと旅立つことになる。その未来で待ち受けるのは、「ネイマールは転んでばかり」という批判、2018年ロシアワールドカップでの敗退、父親との確執、プライベートでの問題などのスキャンダルであり、ネイマールはゆっくりと確実に下降線をたどっていく。それに伴って、PSGとそのサポーターとの関係も悪化していき、「ネイマールのクソ野郎」というチャントがスタジアムに響き渡るのは時間の問題だった。「サポーターに嫌われるのはキツイ。でも彼には逆効果だった。それを力の源に堂々としていた。」

混沌の中から復活した英雄は、コービー・ブライアントの意思を引き継ぎ、決意を固める。コロナウイルスによる休暇中にサッカーに対する充実感を取り戻した彼はPSGでの最も重要な試合に取り組むことになる。

生きないと。
お互いのためにね。
物騒な世の中だから。
人は時に愛する人のことを忘れる。
抱きしめたり、笑わせることも。
でも立ち止まって考えると、それが自分の幸せだと気づく。
僕にとって1番大切なのは、息子といる時間だ。
息子とあんなに過ごしたのは初めてだ。
とても貴重な時間だったよ。
そして、改めて気がついたんだ。
サッカーが大好きだと。
あれだけ自由時間があっても、キツい練習を欠かさなかった。
でも、仕事としての練習じゃないから、理想の人生だ。
今では大きな夢を追っている。
そして、匂ってくるほどに近い。

アタランタ戦をチャンピオンズリーグ決勝。コロナウイルスの影響によって無観客開催となったこの大会で、ドイツ人指揮官トゥヘルとともに、ネイマールはこれまでの自由なサッカーではなく、チームを支える働きをすることになる。相手はまた運命の巡り合わせであるかのように、ドイツのビッグクラブ、バイエルンである。中央のビルドアップから、縦に速い破壊的な快足WGがサイドを破壊し、全く相手を寄せ付けない。トゥヘル率いるPSGは、ファーストディフェンダーとして、前線からの守備に奔走する役目をネイマールに任せ、相手が底でビルドアップを始めるときにスイッチを入れて、連動した守備から数少ないチャンスを作り出しモノにしようとした。これしかないというトゥヘルの戦術に守備と攻撃の両方で応えてみせたネイマールの働きには素晴らしいものがあり、試合後には、これまで見せなかったような涙があった。第3話、最終章にして、わずかにネイマールの美しいサッカー人生の浮上が示唆されるのだ。脱力した身体にフッと力が入った瞬間、深く沈み込んだ右足の一歩目で相手を置き去りにする。華麗なステップで世界を魅了する。メッシ、ロナウドの次にはネイマールの名前が必ず挙がる、それが誰にとっても当たり前になることを期待したい。そして、その佇まいが単純にカッコいいと思っているので、いつまでもカッコいい存在であり続けてほしいものです。