昨日の今日

羊文学 Tour 2021 "Hidden Place" 東京公演

f:id:You1999:20210925193238j:image暗闇に光が差し込む。「僕らの存在はいつだって曖昧なの」と塩塚モエカが歌い、照明が会場を駆け巡る。目が痛い。私は目を瞑って音楽を聴く。瞼の上を光が幾度も通り過ぎる。真っ白な世界で、まさしく「浮遊する」という感覚を覚える。曖昧であるからこその自由。しかし、次には「どうせいつになっても 自由なんかになれやしない」と歌い上げるのだ。羊文学の音楽の美しさはまさにここにあるのだと思う。矛盾した気持ちが歪んだ轟音の中で、ないまぜになって溶けてゆく。この矛盾した悩みが立ち上がって、ぐちゃぐちゃになった先にこそ人間の『変身』はやってくるのだ、と。『変身』は「嘘をつくな」という叫びから始まり自己のうちにある矛盾に語りかける楽曲である。『変身』といえばカフカであるけれども、そこに登場するグレーゴルはサラリーマンとしての生活と自らのやりたいように生きる自由との間で苦悩するのであった。グレーゴルは巨大な虫になって自室で身動きが取れなくなってしまうのだけれど、羊文学の場合は「ワン・ツー・スリーで蝶」になって軽やかに「歩道橋でダンス」を踊るのだ。そう考えると、グレーゴルも理不尽に身動きを取れなくなってしまったわけではなくていくばくかの自由を手に入れていたのかもしれない。塩塚モエカと河西ゆりかが楽しそうに踊っている。それを引継ぎながら羊文学のステージは次の楽曲に進むのだけど、さっき言及した通りに、羊文学はたった今まで肯定していたことを次の瞬間には否定し、またその反対のことをするという矛盾した態度の繰り返しを貫くのであって、そうであるからして、「ワン・ツー・スリーで蝶になって 歩道橋でダンス」と歌った後に歌われる楽曲は『踊らない』であるのだ。しかし、「踊らない」としながらも「君と最後のダンスを踊ろう」と歌い始めるわけで、観客の手拍子とともに羊文学は楽しくステージを盛り上げていく。そんな楽しげなフィーリングとは裏腹に『踊らない』では誰かの心の苦しい葛藤が描かれている。それは人間のあまりにもみっともない様であるかもしれないし美しい部分であるのかもしれない。声に出す、出さない、そのどうにも複雑に絡まり合った心の内部を描きながら、しかし奥の方に祈りが差し込まれるのである。

どうか幸せであってほしい

『踊らない』

羊文学は祈り、砂漠に蹲る誰かへと手紙を送る。ごめんね、どうか届きますように、と。ここにきて、視点が変わり、羊文学 Tour 2021 "Hidden Place" 東京公演は第2章に入っていく。これまでが暗闇の部屋で蹲る誰かの視点であったならば、今度はその誰かに寄り添おうとする人の側である。『砂漠の君へ』『おまじない』と続いていく。「おまじないちょうだいよ」と何度も叫ぶ誰かの横に座って、

いいよ、ねえ、わたしも 思うよりも君と同じ

『おまじない』

と優しく囁くのだ。『花びら』で「今はもう二度と戻ってこないよ」と語りかけ、花びらがひらひらと落ちていくその儚さを思い起こさせながら、「本当はわかっている 君もわかっている 花の一生にとって 君は必要ないこと」と『人間だった』で人間の卑小さを語り始める。そして、次に『powers』で「力の限り胸をふるわせ 心の限り求めるならば 未来は変わるかもね」と軽やかに囁くのだ。人間は自然において小さな存在であるけれども、そんなちっぽけな存在であるからこそ自由であるし、そこからしか始められない*1。羊文学のステージは第3章に移っていく。

悲しい夜でも歌う
そうさ小さな勇者たち、なんてさ

『powers』

「なんてさ」という照れもいい。小さいというイメージがシームレスに繋がっていく、「子どもたちのための曲です」塩塚モエカが言い、『ハロー、ムーン』の演奏が始まる。お月さまの高い視点にまで登って、地球を見つめる。羊文学は見るのは、たったひとりの男である。光り輝くところから暗闇で泣く誰かを見つめているのである。その誰かは今日も愛情を求めて「危険な旅を重ねて」いく。惹かれあい、すれ違い、出会い、別れる。しかし、そのことはたしかに残っていく。それは心のなかにかもしれないし、身体、涙、歴史のなかになのかもしれない。

私は私でもうすぐ誰かの
歴史になってゆく
寂しさは薄れてく
それもいつかあなたの
笑顔になってゆけ

『涙の行方』

街に止まる女の子、街を出ていく男の子を歌う『マフラー』によって、USEN STUDIO COASTにいる観客の数、配信を観ている人の数だけの出会いと別れが溢れ出す。誰かの個人的なエピソードはそれが個人的なものであるほど、誰かの思いを鮮明に浮かび上がらせる。私たちはいろんなことを忘れていく、それでもきっといつかふとしたときに思い出すのだ。それは音楽を聴いているときかもしれないし、テレビを見ているときかもしれない。

今夜も
新しい日が僕らを待ちわびて
色褪せていく思い出も沢山あるけど
君は今遠くの町で
あの日々をアルバムに閉じ込めて
ぼやけた頭の隅っこの空白で
テレビのこととか考える

『マフラー』

いつかの出来事を思い出したり、忘れたりしながら私たちは旅を続ける。嬉しいことも悲しいことも、いろんなことが過ぎていく。私たちは忘れていく。何を忘れたのかも忘れていく。

ぼくはどうしたらいい?

『1999』

轟音の中で羊文学は歌う。私たちは塩塚モエカの真っ直ぐな声を聴く。見えないものを信じる力。それは、この世に存在する/していたことを認めてあげる力だ。目に見えるものだけがすべてじゃない。目に見えないこと、本当は存在しているのに見えなくなってしまっていること、存在していないのに見ることができてしまうこと、そんな想像力を働かせることができる、それこそが私たち人間のPOWERであると、羊文学 Tour 2021 "Hidden Place"はボルテージを上げていく。

見えないものの声が聞こえる
いつかあなたにまた会う日まで響くよ 響くよ
真っ暗闇さ 揺れてる呼吸
大人になれば忘れてしまう
叫ぶよ 叫ぶよ 叫ぶように歌うよ
君の背中を流れて落ちる
冷たい光 触れてみたくて歌うよ 歌うよ
記憶を波に映して消える
泡より速く届かなくなる
私たちは泣くことを忘れてしまう
見えないものの声を信じる
たとえあなたがもういなくても

『ghost』

私たちは何かをぼんやりと思い出していく。「あいまいでいいよ」と羊文学はステージを降りる。

アンコールでは3曲。GOING STEADY銀河鉄道の夜』のカヴァーとEP『you love』から『マヨイガ』と『夜を越えて』が歌われる。暗闇に光が差し込んで始まったこの羊文学 Tour 2021 "Hidden Place" 東京公演は世界を祝福することで終わっていく。「ハロー今君に素晴らしい世界が見えていますか?」と。

ハロー今君に素晴らしい
世界が見えますか?

銀河鉄道の夜

命よどうか 輝きをやめず
これからの奇跡を全部 僕らに照らしてください
そうしてきみは ありあまる夢を
花束いっぱいに抱きしめて
世界を愛してください 愛してください

マヨイガ

走って 止めないで
もういらないわ
キラキラ 心ですべてわかる わかる
きみの言うことが何でも

『夜を越えて』

最後、“安心できる場所”や“帰る場所”をイメージしたという『you love』の楽曲でこの日のステージを終えた羊文学は「みんなの明日が幸せでありますように」と残して去っていった。

 

*1:カネコアヤノ『光の方へ』である